2010年1月7日23:54:19
前回つづき
久しぶりにブログを書きます。ここ暫く何かとバタバタしております。何の話をしていたのか分からないくらいでブログを自分で確認するとこから入りました。
修業期間中は、とにかく必死でやろうとするんだけど、手が慣れないし、立ち仕事に慣れないから足は痛いしで、最初の三か月間は、何してもダメダメ状態でしたね。
その店は、大学から近い事もあってアルバイトの大学生が多く、主任と社員一人以外ほとんど大学生。バレーやってる子が多かったから、それこそ部活の延長って感じで、思ってたイメージとかなり違ってた。
その時の主任が私と同級生で、その主任中心によくまとまった雰囲気でした。当時の私は、すべてが初めてで、優しく指導を受けたのは、最初の1日だけ。2日目からは、「昨日教えたでしょ、ちゃんとやってくださいよ」当然出来る訳なく、「なにしょん?それじゃだめじゃ」「頭あんまりよくないし、向いてないんじゃないの」等など。
深夜1時からスタートし、7時頃アルバイトの子達が帰り、そろそろ休憩でご飯食べれるかなーと思いきや、鉄板掃除が始まり、8時頃新たなパートのおばさん達がずらずらと出勤してきて、そのまま12時迄、そろそろ終了かなーと思いきや、それからお店で、焼きたてカレーパンを出すから、お店の外で旗振りを頼まれ、3時迄。飲まず食わずで14時間。最初の頃は、もう注意されっぱなし。ほんと泣きそうなくらいが2~3カ月間。
甘かった。絶対辞められなかった。辞めたら全てが無くなる。死ぬに等しかった。
銀行辞める前の自分は、支店でいったら中堅どころで、先輩もいれば後輩もいる状況。大卒の新人に厳しく指導なりしていた自分が、今、社会にも出ていない大学生に日々ダメだしされている現状。覚悟はしていたけど、その場に立つと無性に悔しくて、今までのすべてのプライドをすてるか、何処かに収めとかないととても耐えがたい日々。精神的には、そこが辛かった。
でも、この人達が、パンを教えてくれている。
そう思うことで、自分の精神をつなぎとめていた。
まず、みんなに認められよう。甘い気持ちで来てないことを示すことで、自分の居場所を見つけよう。そこから始まりました。
つづきは、また今度。ありがとうございました。
2010年1月21日23:37:39
前回のつづき
一か月経過する頃には、足や腰の筋肉痛は無くなり、不思議な事に毎日同じ事を繰り返していると、しんどい事も、辛い事も、慣れるんですよね。すべてに。
三か月経過した頃には、作業スピードにも慣れてきて、スピードが付いてくると自分に余裕が生まれてくる。余裕が生まれると、作業しながら次の作業の流れを頭で描けるようになる。自分の事で精いっぱいだったのが、作業をしながら全体の流れが今どうなのか、どうすべきなのか、どうしたらもっと効率よく出来ないか考えるようになる。そうすると、自然とみんなに指示するようになっていた。自然と分からない事があれば相談を受けるようになっていた。
気持ちの変化とでもいいましょうか?たいへんだ!辛い!しんどい!という思いから、考え方を変えた時、しんどいけど、あそこまでやれば確実に終わるんだ!と仕事帰りにふと思った時、体の力がスーと抜けた気がして、次の日から突然のスピードアップ。特に主任がびっくりしてた。自分でもびっくりしたのを良く覚えています。
それからの上達が速かった。毎日が楽しかった。休憩も自分のペースで出来るようになっていた。
すべては気持ちの持ち方だと思う。いかに自分に余裕をつけてやれるか。人間自分に余裕がないと何に対しても自信が持てない。今の私に全てに対して余裕があるとは思いませんが、課題が分かっていると、乗り越えようと努力できる。たとえ乗り越えられた事があっても、また更なる課題が発生する。それでいいと思う。
半年過ぎた頃、主任が転勤となり、後任に私にという話がきましたが、それは辞退しました。新しい責任者の補助として引き受けました。その頃から独立に向け準備に入っていきました。
ほんと厳しい主任で、職人気質な人で、パンについて何たるかを教えてくれた恩師です。ある時には、ある小学校の講演会に一緒に出席し、子供たちに夢について熱く語ったり、ある時には、お祭りのテキヤに紛れて休日返上でパンを売ったり、たくさんもの経験をさせていただいた。残念な事に今は退職されて、永らく連絡をとっていない。しかし製造スタイルは今も引き継いでいる。
それから実質8カ月の修業を終え新規オープンに向けた準備に入っていきました。
つづきはまた今度。ありがとうございます。